第38章 襲いくる黒きヴィオレント【壊玉】
「虎の子か? 残念。寄らせねぇよ」
わざわざ武器を刀から短刀に持ち替えた。それに、立ち位置的に、五条の術式を分かっていての接近。
五条を殺せる奥の手か?
「……いねぇ⁉」
激突した建物の砂塵が晴れる――そこに、男の姿がない。
足音は聞こえる。
この場にいるはずなのに……姿が見えない。
「五条さん。男に呪力はなくても、あの格納型呪霊は追えるでしょう?」
「やってるよ。けど、速すぎんだ!」
フィジカルギフテッド――呪力がゼロになるとここまで驚異的なのか。
あの男は自分が神ノ原の人間だと知っていた。術式についても把握している可能性が高い。
できるか? 違う、やるんだ。
分かっている。術師でも何でもないこの男にとって、自分が取るに足らないガキでしかないと。
それでも――足手まといのまま終わるなんて、僕の矜持(プライド)が許さない。
「【謹請現示――白虎】」
「……星也?」
突如 召喚された【白虎】に五条が怪訝な表情をした。それに構わず、星也は大きく息を吸い、ゆっくり吐き出して精神を研ぎ澄ませながら印を結ぶ。
「隙を作ります。期待はしないで下さい――【陽炎の化身 摩利支天に帰命し奉る。一切法大我不可得(いっさいほう たいが ふかどく) ――全ての存在はその実相を捉えること叶わず。汝の陽炎を以て彼の者も陽炎へ隠し、栄光と勝利を約束し給え――オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ】」
あの日 破壊された【白虎】は今朝には回復した。
この式神は十二天将最速。そこに摩利支天の隠形の加護を与え、認識されないようにする。
揺らめく陽炎が【白虎】を包み込み、その真っ白な身体を消した。認識阻害が発動したのだ。
「【加速・加速・加速・加速・加速】――行け!」
畳みかけるように言霊を重ねれば、地面を蹴る音が聞こえる。姿は見えないが、命令を遂行してくれていることが分かった。
フィジカルギフテッドに自分の【摩利支天隠形法】がどこまで通じるか分からないが、たとえ看破されても、それを上回る速度で追いつけばいい。