第36章 リゾルートに揺るがぬ決意【壊玉】
「どう? アタシのモノになる気になった?」
「全然。それより、その鞭は呪具ですか?」
ピシッと打たれた屋根に亀裂が入り、粉砕される。
「えぇ。【口唇増強術】――アタシにキスされると呪力が増すの♡ あなたも味わってみる? アタシのく・ち・び・る♡」
「遠慮します」
投げキッスをされ、星也はあからさまに顔をしかめる。
「あら、つれない♡ でも、坊やになら何されても許しちゃいそう♡」
【陰陽術式】――安倍 晴明が編み出した陰陽道の呪いの術。だが、神仏は人々を助け、守る存在。決して呪いなどではない。
つまり、神仏の力を借りる真言や祝詞を主に扱う陰陽術のほとんどは、反転した術式を使う。
「【ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン】」
ゴォッと、煩悩を焼き尽くす不動明王の炎が女を襲う。
「くっ……あぁぁあぁ……⁉︎」
星也の夜色の瞳が燃える女を冷静に見つめた。だが、炎は弾けるように消え、肩で荒い息を繰り返し、女は焦燥した顔をしている。
その手には独鈷が握られていた。おそらく、護身用の呪具だろう。
「はぁ……はぁ……っ。坊や、式神使いだったはずじゃ……」
「そんなこと一言も言ってませんよ」
女がギリッと奥歯を噛み締め、こちらを睨みつてきたが、星也の心は凪いでいた。
「【普(あまね)く金剛諸尊に帰命し奉る。猛威なる大忿怒尊(だいふんぬそん)よ。悪神百鬼を焼き尽くし、一切障礙(しょうげ)を催破する、激しき猛火を遣わせ給え】」
――ゴオォォォッ。
先ほどよりも強烈な炎が渦を巻き、女へ襲いかかる。
同じ内容の真言。違うのは、神仏の真言でないために呪力消費が多くなること。
ただし、星也にとって慣れ親しんだ言語は理解の深さが違い、術の威力は跳ね上がる。