第35章 過ぎ去りし青春のリコルダンツァ【壊玉】
「急にいなくなったと思ったら……」
孔(こん) 時雨(しう)は、競艇場の客席でだらしなく前の座席に足を掛けて座る男に声をかけた。黒い服を着た、口元に傷のある背の高い男だ。
禪院 甚爾(とうじ)──婿入りして名前を改め、伏黒 甚爾。
【盤星教】には呪術師がいない。
そこで、【盤星教】の指導者に言われ、孔が仲介して雇った男だ。
【星漿体】暗殺。
金払いのよさを保証すればすぐに乗ってくれた。
性格はクズでロクでなしだが、仕事の腕“だけ”はいい。
孔にとっても、今回は大きな、それでいて難易度の高い依頼。
何度か仕事をしていて、仕事の腕“だけ”は信頼しているので声をかけたのだ。
すでにビルでの戦いは二人で確認済み。その後すぐに護衛の術師に関しても調査をした。
護衛は四人──うち二人は御三家に次ぐ神ノ原一門の術師だが、まだ子どもで未成熟。それほど脅威ではないだろう。
問題は高専から派遣された術師。
夏油 傑──【呪霊操術】の使い手。手持ちの呪霊で危険度が左右されるが、すでに一級術師。油断はできない。
そして、五条 悟──【無下限呪術】に【六眼】を併せ持って生まれた、この依頼最大の脅威だ。ここを攻略できなければ、依頼を達成することはできない。
それなのに呑気に競艇とは……ふざけているとしか思えない。
「こんなところで何してんだよ」
微かな苛立ちを隠すことなく尋ねれば、ひらひらと舟券を見せつけてきた。
「金を増やしてんのさ」
「オマエが勝ってんのみたことねぇよ。仕事はどうした?」
尋ねながら甚爾の隣に腰を下ろすと、不愉快そうに甚爾が顔を顰める。