第35章 過ぎ去りし青春のリコルダンツァ【壊玉】
「そもそもさぁ、【帳】って必要?」
夜蛾の説教と鉄拳によってできた たんこぶ にイライラを隠すことなく、五条は教室の机で頬杖をついて拗ねていた。
「別にパンピー(一般人)に見られてもよくねぇ?」
どうせ、彼らには呪霊も呪術も見えないのだ。ならば、わざわざ隠す必要もないだろう。面倒くさい。
だが、夏油が「駄目に決まってるだろ」と真面目な顔で反論してきた。彼の隣では、家入が五条のサングラスをかけて遊んでいる。
「呪霊の発生を抑制するのは、何より人々の心の平穏だ」
そのために、目に見えない脅威は極力 秘匿しなければならない。
目に見えない恐怖、それが理屈で起きるものでも、自然災害でも、我々の領分だったとしても、全てが呪霊発生のきっかけになる。
そう続ける夏油を、五条は「分かった 分かった」とうんざりした声で止め、家入に「返せよ」とサングラスを取り返してかける。
「弱い奴らに気を遣うのは疲れるよ、ホント」
「『弱者生存』──それがあるべき社会の姿さ。弱きを助け、強きを挫く」
──いいかい、悟。
そう言って、夏油は静かにこちらを見据えてくる。
「呪術は非術師を守るためにある」
曇りなき眼、淀みのない口調で夏油がきっぱりと言いきった。
「それ、正論?」
ふっと笑い、五条は挑発するように口角を上げる。
「俺、正論 嫌いなんだよね」
何、と低い声で夏油が目をすがめた。そんな自分たちの様子に何かを察知したのか。家入がぴゅーっと教室を出て行く。