第29章 追憶のバラッド【起首雷同】
「メグのバカ。置いて行くなんてヒドイ」
「……悪い」
詞織の頬に触れる。安心した。
やっぱり、詞織を残して逝くのは絶対にイヤだ。
自分が死なないためにも、コイツらの力が必要だ。
「――行こう」
虎杖に、伏黒たちは揃って頷く。
もし呪霊が領域内にいるなら、手順は大事だ。
“夜に”、“下から”、それからもう一つ――……峡谷の下に川。
川や境界をまたぐ彼岸へ渡る行為は、呪術的に大きな意味を持つ。
伏黒たちが川に足を踏み入れる――と、ズルルルルッンと景色が変わり、ゴツゴツとした岩肌に無数のフジツボがある空間へと引き摺り込まれた。
その中で、四ツ目の呪霊が『ナァァァァ』とあちこちで奇声を上げている。
「出たな」
「これが、【八十八橋の呪い】……」
拳を打ちつける虎杖の隣で順平が息を呑んだ。
順平も初任務でこれは、かなり重いだろうに、震えながらも逃げようとする意思は感じられなかった。
「祓い甲斐がありそうね」
「コイツを祓えば、津美紀が……」
釘崎が金槌を構え、詞織が呪霊を見据える。
『――あっ?』
全員がバッと後ろを振り返った。背後から突然 青い体表を持つ呪霊が現れる。
ズングリした体躯、人面の虚ろな眼窩からは絶え間なく血涙が流れ、その下にはさらに巨大な口を持っていた。
「【春の日も 光ことにや 照らすらむ 玉ぐしの葉に かくるしらゆふ】」
真白い光が弾け、呪霊――血塗(ちけず)を襲う。
「詞織⁉」
「誰だか知らないけど、邪魔しないで」
伏黒の呼びかけに答えず、詞織は低い声音で威嚇した。
「伏黒。コイツ、別件だよな」
虎杖の問いに、伏黒は「あぁ」と短く頷く。
「じゃあ、俺も詞織に加勢してコイツを祓う。オマエらはそっちに集中しろ」
「頼んだ」
呪力を拳に纏わせて構える虎杖に、伏黒は短く言って、目の前の呪霊に集中した。
* * *