第3章 はじまりのプレリュード【両面宿儺】
「――逃げろ」
突き飛ばされた肩が痛い。
耳に残った短い一言が、胸に刺さる。
瓦礫の向こうに取り残されてしまった幼なじみを前に、詞織は一瞬にして己の無力さを痛感した。
――ドォォオオォォンッ
遅れて響いた轟音に、言葉が喉の奥に張りついて音にならない。
パッと背後を確認すると、玉犬たちが虎杖と彼の先輩を後方へ逃がして飛び退いていた。
玉犬たちが姿を保っていることに、詞織は安堵の息を吐き、頭を冷やす。
冷静になれ。
今、最善の選択をするために。
必死で目を凝らし、砂塵の向こうを探る。ようやく砂塵が晴れ、呪霊が姿を現した。
四本の腕を持つ呪霊が伏黒を捕らえている。
廊下を丸々塞いでしまうほど大きな呪霊には見覚えがあった。
ラグビー場でゴールポストのクロスバーにしがみついていた二級呪霊だ。
「はっ……詞織の言う通り、祓っておけばよかったな……」
不気味な鳴き声を発する呪霊を前に、伏黒は血の気の失せた青い表情で呟きつつ、己の手のひらを組む。
「――【鵺(ぬえ)】」
両手で翼の形を作るも、それより早く、呪霊が伏黒を壁に叩きつけた。その衝撃で、廊下の壁が割れる。
「がっ……」
「メグ!」
伏黒の術式が途切れ、玉犬たちの身体がドロリと溶けた。