第14章 トランクィッロに募る【幼魚と逆罰】
「……虎杖くんは、呪術師なんだよね?」
「おぅ」
言ってよかったのか分からないが、言わないと映画館の事件について聞けなかったので仕方がない。
そんなことを考えていると、順平は固い声音で続けた。
「人を……殺したことある?」
「え……?」
なぜそんなことを聞いてくるのか分からなかった。けれど、順平の表情はひどく真剣で、興味本位で聞いているわけではない。
「ない……」
一瞬だけ呪霊に似た異形のことを思い出したが、家入の話では、彼らは異形となった時点ですでに死んでいたと聞いている。
ならば、やはり自分の答えは「否」だろう。
張り詰めた緊張の中で、順平は「でも」とさらに質問を重ねてくる。
「いつか悪い呪術師と戦ったりするよね。そのときはどうするの?」
「……それでも……殺したくはないな」
「なんで? 悪い奴だよ?」
悪い呪術師。つまり、今回の映画館での事件を起こし、人間を異形へと変えてしまう呪詛師のことだろうか。
けれど、殺さないで済むのならば、殺さない方がいいに決まっている。
それに――……。
「なんつーか。一度人を殺したら、『殺す』って選択肢が、俺の生活に入り込むと思うんだ。命の価値が曖昧になって、大切な人の価値まで分からなくなるのが、俺は怖い」
殺すことを当たり前にしたくない。
殺したことを『仕方ない』とか、『悪い奴だから別にいいか』とか、そんな風に思いたくない。
良い人間も悪い人間も、大切な人も知らない人も。
命の価値は同じなのだから。
虎杖の答えに、順平は押し黙る。
何を聞きたかったのかは分からないし、なぜこんな質問をしたのかは分からない。
やがて、伊地知が迎えに来て家を出るまで、どこか奇妙な空気が漂っていた。
* * *