第3章 はじまりのプレリュード【両面宿儺】
「――【春の日も 光ことにや 照らすらむ 玉ぐしの葉に かくるしらゆふ】」
月明かりの注ぐ廊下に、和歌を詠み上げる詞織の透き通った声が響く。
真っ白く暖かな光が廊下に溢れ、ギチギチと不気味な声を発する呪霊を消し飛ばした。
「イヤな予感が消えない……それに、どんどん呪霊が増えて……」
バクバク、バクバクと心臓が脈を打つ。ざわついて、耳の奥で鳴る不協和音がどんどん大きくなる。
「メグ……」
彼は大丈夫だろうか。
いや、大丈夫だ。
彼は優秀な呪術師。きっと今頃、特級呪物を回収していることだろう。
それなのに、どうして……どうしてこんなに――……。
目の前に、新たな呪霊が現われる。ギョロリとした大きな目に晒され、詞織の頭は逆に冷静さを取り戻した。
一歩距離を取り、少女は大きく息を吸い込んだ。
「【――赤き月夜 誘いて……いざ歌えや 燈火(ともしび)……今宵 巡る魂……祈りの祝詞(うた) 捧げよ……】」
詞織の歌が、夜の学校の冷たい空気を震わせる。次々と迫る呪霊を祓うべく、少女は歌いながら長い廊下を走った。
「【凛と鳴り響けや 月と星の音。地上を溢るる 御魂の声】」
光の弾が素早く駆け抜け、迫る呪霊を貫いていく。
闇を纏いながら走る少女の前に、花と蔦を歪つに絡ませた呪霊が、植物の触手を鋭く伸ばしてきた。
「【悠久の果てまで 伸ばした指先。夢見し夜は 古(いにしえ)の――……】」
光の弾がヒュンッと駆け、貫かれた呪霊の身体が弾ける。