第11章 来たる日のためのエチュード【邁進〜底辺】
「棘くん、メグは……」
「しゃけ」
安心させるように頷く狗巻に、姿の見えないパンダが助けに入っているのだと解釈した。
「あ〜ぁ。せっかくいいところだったのに。もう少し時間があれば……きっと、詞織ちゃんもボクの魅力に気づいてくれたんだ」
「気づかない」
地面に下ろしてくれる狗巻に礼を言いつつ、垂水の言葉をきっぱりと否定する。
「そんなことないさ。キミだって他の子たちと同じ。快楽と痛みを与え続ければ、最後は泣きながらボクに縋るようになるよ。ボクはね、その心の揺らぎに耐えて、泣くのを必死に我慢している女の子の顔が、一番好きなんだ」
頭がおかしいのではないか。嫌悪感を持って垂水を睨みつけていると、巨大な影が降り立った。
「帰るぞ、垂水、真依」
低い声が空気を震わせる。圧倒的な存在感を持って現れた東堂に、詞織はゴクリと唾を呑み込んだ。
「そんな、伏黒は……」
「大丈夫だ。パンダがついてる」
真希の助けで形成逆転し、真依を締め上げていた釘崎が彼女の拘束を解く。やはり、パンダが助けに入ったようだ。
今頃、反転術式の使い手である家入 硝子のところへ治療に向かっていることだろう。
「二人とも、楽しんでいるようだな」
東堂の言葉を受け、真依は「冗談!」と苦々しく言って手に持った拳銃のリボルバーを外し、空薬莢をジャラッとその場に落とした。
「わたしはこれからなんですけど」
「ボクもまだまだ遊び足りないよ」
ポケットに手を入れて、垂水が悠然と佇む。そんな二人に、東堂は「駄目だ」と言って何かを取り出した。
「オマエたちと違って、俺にはまだ東京に大事な用があるんだよ。高田ちゃんの個握(個別握手会)がな‼」
高田、ちゃん? 誰?
「あー……オマエが推してる、身長一八〇センチの長身アイドルな。すっかり忘れてた」
苦笑する垂水の傍らで、釘崎、真希、真依たち三人がドン引きしている。むろん、詞織も同じだが。