第11章 来たる日のためのエチュード【邁進〜底辺】
「へぇ……ヤることはヤってんだ? つき合い始めたのは昨日からだって話だったよね? ボクが言うのもなんだけど、随分と早いな。これは評価を改めないと」
でも、と垂水が顔を近づけてきたのを合図に、手足を縛る水の縄がキツく締まった。
「きっとボクの方が上手いと思うよ? キスも、それ以上も……試してみない?」
「試さな……っ」
ギリギリッと手足が締まり、縛る鋭い糸のような水に鮮血が混ざる。さらに腰や胸元に水の糸が絡み、ジャージを裂いて細い傷を走らせた。
「伏黒クンと比べてみてよ。まずはキスから。腰が砕けるくらい甘いキスをしてあげる」
言いながら、垂水が顎に手を掛けてくる。彼の高い身長に合わせて少し上を向かされ、整った顔が迫った。
「ひっ……」
ギュッと目を閉じ、拒絶の意思を込めて唇を引き結ぶ。
男は伏黒しか知らない。今までもこれからも、それでいい。他の人間は知らなくていい。
キスも、身体を重ねる行為も、伏黒以外としたくはないのだ。
たとえ、他に相性のいい男がいたとしても、上手な男がいたとしても、それは知る必要のないこと。
なぜなら、心が欲しているのは伏黒だけで、他の男の愛情を求めていないのだから。
「メグ……ッ」
頭を過ぎるぶっきらぼうな後ろ姿を祈るように呼ぶ。
「【 動 く な 】」
淡々とした声音が命じると、ピタリと不自然に垂水の身体が固まった。同時に小柄な影が水の糸を引きちぎり、詞織を抱えて後退する。
「と、棘くん……」
襟を下ろし、口元の紋様を晒す先輩に、強張っていた身体の力が抜けた。
周囲に目を向ける余裕ができて、近くで交戦していた釘崎を思い出し、そちらへ目を向ける。そこには、真希が片割れに長い棒を突きつけていた。
釘崎も満身創痍に近い状態で倒れている。
手早くジャージのジッパーを上げながら、助けが入ったことに安堵の息を吐いた。