第11章 来たる日のためのエチュード【邁進〜底辺】
「はぁ……疲れた。棘くん、強い……」
伏黒の隣に座った詞織がもたれかかってきた。詞織の匂いに混ざる汗が、鼻腔を甘くくすぐってきて、心臓が跳ねる。
伏黒は詞織の匂いから意識を逸らすべく、呪具の持ち運びについて相談することにした。
「呪具の持ち運びかぁ」
パンダが大きく伸びをする。一時間以上 釘崎を相手に身体を動かしていたはずなのに、全く疲れを感じさせない。それは、真希や狗巻も同じだ。
ちなみに、現在は休憩中。釘崎は学ランに耐えかね、ジャージを買いに行っている。
「獲物で近接を補うのは賛成ですけど……術式上、両手はパッと空けられるようにしたいんです」
「じゃないと、玉犬ちゃんを呼び出せないから」
言いながら、詞織がついに伏黒の膝を枕にして寝転がる。可愛い。ここが自室とかで二人きりだったら、襲っていただろう。
「オマエら……イチャつくなら他所でやれ」
「別にそんなつもりは……詞織」
「ん?」
手を組んで犬の影絵を作る詞織は、どうやら邪念などなく、伏黒に甘えているだけのようだ。犬の口の部分を開閉させながら、首を傾げてくる。
一つ息を吐いて自分の中に燻ろうとする熱を逃がし、夜色の瞳で見上げてくる詞織の頭を撫でて話を戻すことにした。
「それより、禪院先輩は二つ以上 持ち歩くこととかザラですよね? どうしてるんですか? 参考までに」
「パンダに持たせてる」
あっけらかんとパンダを指さして答える真希に、パンダもムキッと筋肉を主張するポーズをとる。
なるほど。聞かなければよかった。全くもって参考にならない。