第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
『詞織以外なら、なんでも差し出す! 力も尊厳もいらない! お願い……!』
お願いします、と頭を下げることしかできない自分が嫌になる。
詞織のためなら、プライドなんていくらでも捨てられる。
惨めでも、嗤われてもいい。顔に泥をつけられても、唾を吐きつけられても構わない。
今は、この男に縋るしかないのだ。
地面に額がつきそうなほど頭を下げる詩音を見下ろしていた宿儺は、やがて膝を折り、グッと顔を近づけてきた。
『……随分と縛りが多いな』
『……詞織といられるためだもの。いくらでも耐えられる』
詩音の回答に、宿儺はつまらなそうに鼻を鳴らす。
『それほど、この小娘が大事か。己の矜持を捨て、惨めに這いつくばってまで助けたいと?』
『…………詞織だけだから。あたしにとって……詞織だけが世界だから。この世の真理で、絶対の真実だから』
生まれてすぐに幽閉された。暗くて冷たい檻の中。
心が擦り切れて、壊れてしまいそうだった。
誰も存在を認めてくれない。誰も愛してくれない。
もしかしたら、父や母は、少しくらい愛してくれていたかもしれない。
もしかしたら、兄や姉は、少しくらい案じてくれていたかもしれない。
けれど、それは檻の中まで届かなかった。
詩音にとっては唯一、詞織だけが自分を愛してくれていた。詞織だけが、自分を心配してくれていた。
この世界で、詞織だけがあたしを認めてくれる。詞織だけが、あたしを愛してくれる。