第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
『陰陽術式か……随分と古いものを使う。だが……呪力すら纏わぬ言葉に従うとは……やはり、お前 弱いな』
『あ、あたしは……』
違う。今は、縛りを受けている状態だから……本当の自分は、こんなに弱くない。
そう言おうとして、けれど、どちらの自分も、この男の前では変わらないのだと悟った。
仮に、全ての力を解放できる状態だったとしても、宿儺は先ほど呪霊を倒したように、自分を殺してしまうのだろう。
不意に、宿儺が天井を仰いだ。
『そろそろ、この生得領域も消えるな。巻き込まれる前に出るか』
それで、と彼は詩音に視線を戻す。
足の怪我を治すことはできない。
呪霊はいなくなったが、宿儺を前に萎縮してしまって、上手く術を発動できない。
かといって、このまま生得領域内で死ねない。
詩音はギュッと拳を握りしめ、震える唇を開き、恐怖をねじ伏せた。
『あ……あたしを……ううん。詞織を連れ出して』
『ほぅ? で? 俺がそれをすることに、いったい何の得がある?』
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる宿儺に、詩音は精一杯 頭を動かす。この男を動かすために。詞織を助けたいと思わせるために。
しかし、アイディアなど全く浮かぶはずもなく。
『……詞織を……助けて下さい……あたしは、どうなってもいいの。ただ、詞織を死なせたくない……!』
もはや、肉体など持たない詩音には、差し出せるものなど何もない。持っているものなど、詞織への愛情と、世界への憎悪以外にないのだから。