第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
「待て、虎杖!」
「イヤだ!」
掴もうとしてくる伏黒の手を振り払う。揺れる伏黒の瞳を、虎杖は真っ直ぐに見た。
「俺は詞織を助けに行く。お前は釘崎を助けてここを出ろ!」
「はぁ⁉ オマエ、何言って……」
釘崎を助けることができるのが伏黒だけなら、詞織を助けることができるのは自分だけだ。
「ここを出たら、何でもいい。合図をくれ。そしたら、俺は宿儺に代わる」
「できるわけねぇだろ! 特級相手に片腕で‼」
指摘され、虎杖は左腕を見た。手首から下を失った個所が、ジクジクと痛みを訴えてくる。
「時間稼ぎくらいならなんとかできる」
「ダメだ……ッ!」
「伏黒ッ‼」
彼の言葉をかき消すようにして、虎杖は名前を呼んだ。
痛みが麻痺していく。頭の中は、驚くほどに澄み切っていた。
伏黒の瞳が揺らいだ。葛藤する伏黒を後押しするように、「頼む」と続ける。
「詞織を……詞織を――……」
――助けてくれ。
掠れた声で呟かれた言葉を、虎杖は確かに聞いた。
ゴクリと唾を呑み込んだ伏黒が、手を組み合わせて犬の形を作り、黒い玉犬を影から呼び出す。
「来い、【玉犬】! 釘崎を探せッ‼」
迷いを振り切るように駆け出した伏黒の背中を見送り、虎杖も元 来た道を急いで引き返した。
* * *