第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
『……――最悪。最悪。最悪よ。最悪だわ』
腹部を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった詞織の瞳は、血を固めたように真っ赤に染まっていた。
詞織――否、詩音は、紅い瞳を忌々しそうに細める。
『あまりその汚らしい目であたしを――いいえ、詞織を見ないでくれる。今、本当に気分が悪いの。せっかく詞織が自ら助けを求めてくれたというのに……』
ペラペラと喋り続ける詩音に焦れたのか。呪霊が両手に溜めた呪力を放った。
『――【オン・アロリキャ・ソワカ】』
災難除去の効果を持つ真言が、不可視の壁を作り攻撃を防ぐ。
呪力が壁にぶつかり、大きな爆発を起こした。爆発の煙に、詩音は顔を顰めて咳き込む。
『ゴホッ、ゴホッ……だから、最悪だと言ったのよ……』
そう言って、紅い瞳が呪霊を見た。その姿が歪んで見えたのは、不可視の壁に大きくヒビが入っていたからだ。壁はパンッと音を立てて砕け散る。
詩音は詞織からの許しがなければ、呪霊と戦うだけの力を振るうことができない。
いや……準一級くらいまでなら、呪霊を祓うことは可能だろう。だが、目の前の特級を祓うのは無理だ。
縛りさえなければ、こんな呪霊、そこらの虫と同じなのに!
『詞織! 目を覚まして! このままでは殺されてしまうわ‼』
自分の中で気を失っている妹に呼びかける。けれど、返事をする気配は全くなかった。