第9章 グラン・ギニョールの演目【呪胎戴天】
「おいッ! おいって……ッ‼」
大きく身体を動かして暴れ、虎杖は自分の首元のフードを掴んで飛ぶ鵺から逃れた。そして、先頭を走っていた伏黒の肩を掴んで振り向かせる。
「おい、伏黒! マジで詞織を置いて行くつもりか⁉ お前は本当にそれでいいのかよ‼」
「ふざけんな!」
すると、振り向きざまに伏黒が胸倉を掴み、ものすごい剣幕で叫んだ。
「死ぬかもしれない場所に、誰が惚れた女を残して逃げたいんだよッ‼」
ギリッと奥歯を噛み締める音に、虎杖はハッとする。まるで血を吐くような伏黒の苦痛の表情に、虎杖は「やっぱり」と直感した。
やはり、伏黒は詞織のことが好きなのだ。
「だったら、すぐに戻ろうぜ! 今ならまだ――……」
しかし、伏黒は突き放すようにして虎杖を解放し、ギュッと拳を震わせた。
「――無理だ」
「なんで……⁉」
詞織のことを、すぐにでも助けに行きたいはずだ。惚れているのならばなおさら。
それなのに、伏黒はなぜか首を振って拒絶を示す。
「今 戻って、詞織を助けて……それで釘崎を死なせたら、俺はどんな顔して詞織と顔を合わせればいいんだ?」
詞織の言う通り、自分たちの中で釘崎を助けられるのは伏黒だけ。詞織にも、虎杖にも不可能だ。
「……やるしかない……俺がやるしかないんだ。詞織のことは、詩音に任せるしかない。きっと……きっと、詩音なら……っ」
何かを振り切るように、伏黒が俯く。
信じるしかない。彼女が、生きて帰ることを――。
いや、違う。信じるだけなんて、そんなことはできない。
虎杖は踵を返して元 来た道を引き返そうとした。