第8章 トラジェディの幕開け【呪胎戴天】
「メグ」
固い声音で幼なじみを呼べば、伏黒は黙ってこちらに視線を寄越した。
「クロちゃんなら、野薔薇を見つけて助け出せるよね」
疑問形ではなく、断定形での確認。黒い玉犬と共に釘崎を助けて。
そんな幼なじみに、伏黒は怪訝な表情で眉を寄せる。
「どういう意味だ?」
「ユージを連れて、野薔薇を助けて逃げて。わたしがコイツの気を引く」
「バカか⁉︎ そんなことしたら死ぬぞ!」
肩を掴んで詰め寄る伏黒に、詞織は震える声で、それでも冷静に言葉を紡いだ。
「わたしじゃ……確かに死ぬ、かも……でも! でも、詩音なら……同じ特級の詩音なら、コイツを倒せる!」
死にたくない。死ぬつもりもない。
詩音は、詞織以外の世界を呪う呪霊。力の枷を解き放ってしまえば、世界を破壊しようとするだろう。
だが、手綱は常に詞織の側にある。詩音は"絶対"に自分を裏切らない。それも縛りの一つだ。
「ダメだ。オマエも虎杖も連れて、釘崎も助けて、全員で逃げる」
「それはできない。誰かが残って時間を稼がないと、みんな殺される!」
「だったら!」
伏黒が叫んだ。これまでに見たことない、険しくも切ない表情で。
「だったら、オマエを連れて行く。オマエ、言ったよな? 今 この場で、オマエが最も優先するのは俺の命だって。俺も同じだ。この場で俺が一番優先したいのはオマエの命だ。俺は――……!」
「――ダメ!」
詞織は思わず、伏黒の口を塞ぐ。
ダメだ。それ以上 聞いてしまっては。
彼が何を言おうとしたのかは全く分からないが、直感的にそう思った。
決心を鈍らせるな。
鈍らせるようなことを、言わないで。
「……全員が助かるには、詩音に頼るしかない。ねぇ、メグ! 急いで! 早く、野薔薇を助けて! お願い‼︎」
縋るように……自分の心を奮い立たせるために、詞織は声を張り上げて伏黒に呼びかけた。