第8章 トラジェディの幕開け【呪胎戴天】
ヒヤリ、と空気が一気に冷える。身体が震える。
三人のすぐ傍まで、呪霊が来ていた。
人と変わらない形をしているのに、一目で人ではないと分かる。頭には目がいくつもついていて、爪は鋭く尖っている。大きく開いた口にはびっしりと歯が並んでおり、身体は全体的に細いシルエットだ。
その強烈な気配に、詞織たちの身体が竦む。
動かない。頭も、身体も。指先一つすら動かせない。
特級呪霊の圧倒的な存在感に、精神が恐怖に支配されていた。
「……ぁ……」
喉の奥が震え、ようやく小さな悲鳴が微かに音となった。そのとき――……。
「っあぁああぁぁあぁぁ――――ッ‼︎」
虎杖が手に持っていた呪具 屠坐魔(とざま)を振りかざした。そして、目の前に鮮血が散る。
それは、本当に一瞬の出来事で。目まぐるしい展開に、頭が思考を放棄しようとする。それをどうにか理性で繋ぎ止め、無理やり理解した。
虎杖の振り上げた屠坐魔は、まるで木の枝のように脆くもへし折られ、左腕の先も同時に切り落とされたのだ。
「ぐ、ぁあぁ⁉︎」
「ユージ!」
叫び声を上げる虎杖に我に返った詞織は、急いで駆け寄り、持っていたハンカチを引き裂いて止血を施す。
考えろ。考えろ。考えろ。
頭の中で、ガラガラと『何か』が音を立てて崩れていく。自分の中の小さな世界が。積み上げてきた非日常という名の日常が。
失いたくない。奪われたくない。
全部。全部、守るんだ!
相手は特級で、自分は二級。力の差は歴然。それでも、やれることはあるはず!