第8章 トラジェディの幕開け【呪胎戴天】
「じゃあ、なんで……なんで俺は助けたんだよ――ッ‼︎」
虎杖の叫びに、詞織の心が打ち震えた。
【両面宿儺の器】。
破壊と殺戮を好む、最強で最凶の『呪いの王』。
万が一にも自我が呑み込まれれば、人々を殺し、世界を混沌の海へと沈めるだろう。
その危険性を分かった上で、詞織も伏黒も、虎杖を助けることを選んだ。
泣いてはいないけれど、まるで泣き出してしまいそうな表情をする虎杖に、詞織は言葉が出てこない。
――「……せめて、自分が知ってる人くらいは正しく死んでほしいって思うんだ」
そう言った虎杖を、死なせたくないと思った。ただ、それだけ。他に理由なんて、ない。
言葉を返さない詞織と伏黒、二人から視線を逸らさない虎杖。
奇妙な緊張と沈黙が降りる中、焦れた釘崎がツカツカと三人に迫った。
「アンタたち、いい加減にしなさい! 時と場所を弁え――――」
不自然に途切れた釘崎の声。振り返った瞬間、彼女の身体は大きく傾いでいた。
「野薔――……」
最後まで待たず、釘崎の姿は地面に現れた暗い闇の中へ消える。
何が起こったのか分からず、頭が一瞬で混乱に陥った。
「野薔薇⁉︎ 野薔薇ッ! 何で……どこに……‼」
どこに消えちゃったの⁉︎
釘崎の消えたコンクリートの地面に座り込み、地面を触るが、冷たい感触しか返してこない。
「そんな……」
「バカな! だって【玉犬】は……⁉︎」
呪霊からの攻撃。けれど、【玉犬】は何の反応もしていない。
そう思ったのは伏黒も同じようで。
二人はまるでタイミングを図ったかのように揃って振り返った。そして、息を呑む。
【玉犬】は声すら上げられないまま、コンクリートの壁に身体を埋め込み、頭だけ出す形で絶命していた。