第8章 トラジェディの幕開け【呪胎戴天】
警戒しつつ先を進んでいくと、不意に玉犬が反応を示した。どうやら、人の気配を感知したらしい。その玉犬に先頭を行かせ、詞織たちも後を急いだ。
そして、辿り着いた一角で、四人は揃って息を呑む。
「なに……これ……」
自分の声だというのに、まるで他人の声のように聞こえた。嫌悪感と恐怖に、詞織の心は竦み上がる。
「……惨い」
「三人……で、いいんだよな……」
釘崎と虎杖の言葉に、伏黒も「たぶん」と返すしかできないようだ。
身体の下半分を失った遺体はまだマシ。他の二人分の遺体は、もはや人としての形すら残っていなかった。人の形に作った粘土をぐちゃぐちゃに丸めたような、そんな子供じみた残酷さを感じさせる。
上半身だけ残された遺体の胸には、『岡崎 正』という名札が刺繍されていた。
――「正は! 息子は無事なんでしょうか⁉︎」
この刑務所内に入る前に泣いていた女性を思い出す。名前も同じだし、どことなく面影もある。おそらく、彼女の息子だろう。
あの母親にとっては、最悪の結末を迎えたようだ、とどこか他人事のように感じていた。
「……この遺体、持って帰る」
え、と野薔薇が聞き返すと、虎杖は唯一 人の形を留めている遺体に手を伸ばす。
「あの人の子どもだ。顔はそんなにやられてない。遺体もなしに『死にました』じゃ、納得できねぇだろ」
今までに聞いたことのない静かな声音で語る虎杖に、釘崎も戸惑った表情をした。
無理だ。自分たちに遺体を持って帰る余裕などない。
そんな詞織や釘崎の心を代弁するように、伏黒が虎杖の胸倉を掴んだ。