第8章 トラジェディの幕開け【呪胎戴天】
「じゃあ、今回の任務だと……?」
「五条先生とか星也さんが適任」
そう言いながら、伏黒は内心で冷や汗を流していた。
一級呪術師ならまだしも、今回の任務に一年生の派遣は荷が重すぎる。
だが、呪術師は常に人手不足。自分の手に余る任務を請け負うことも少なくはないと理解はしている。
実際、五条も星也も任務で出張中。
特級呪術師はたったの五人しかいない。そもそも、今回のような任務に当たれる人間は致命的に足りていないのが現状だ。
伊地知が四人に言い含めるように言葉を掛ける。
「今回は緊急事態で異常事態です。『絶対に戦わないこと』。いいですね? 特級と会敵したときの選択肢は『逃げる』か『死ぬ』かです」
己の恐怖には素直に従うように、と伊地知は何度も繰り返した。
今回の伏黒たちの任務はあくまで、『生存者の確認』と『救出』。特級呪霊を祓うことではないのだ。
「呪霊とは戦わず、受刑者は"生きていたら"、"助けてあげれば"いいんでしょ」
「そうです」
詞織の含みのある言い方に、伊地知は頷く。
そこへ、「あの!」という女性の声が耳に届いた。
「正は! 息子は無事なんでしょうか⁉︎」
立ち入り禁止のテープが張られている向こう側から、一人の女性が声を張り上げる。
察するに、刑務所に取り残された受刑者の母親なのだろう。
「何者かによって、施設内に毒物が撒かれた可能性があります。現時点では、これ以上のことは申し上げられません」
伏黒たちを下がらせ、もっともらしい理由で、伊地知は母親を納得させた。
泣き崩れる母親に、使命感が刺激されたのか。
虎杖はギュッと拳を握りしめ、挑むような眼差しで少年院の第二舎を見上げた。
「伏黒、釘崎、詞織……助けるぞ」
「当然」
大きく頷く釘崎に、伏黒と詞織は続かなかった。
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