第54章 残虐なるヴィルトゥオーゾ【渋谷事変】
更地となった渋谷の一角で片側に結った髪を靡かせながら、呪詛師――重面 春太は顔を青くしていた。
自分たちの代わりにあの【十種影法術】で呼び出された式神と戦っていた若い術師――あれはかなり強かった。おそらく、自分をボコボコに殴ったスーツの術師よりも遙かに。
実際、あの式神を何度も瀕死まで追い込んでいたのだ。自分の見立ては決して外れてはいないだろう。
だが、両面宿儺はさらに強かった。強さの次元が違う。それは、目の前に広がる光景を見ても明らかだ。
ガラガラと式神――【魔虚羅】を転がしながら、宿儺がこちらへ戻ってくる。その視線が春太を捉え、つまらなそうに【魔虚羅】が背後に背負っていた法陣を投げた。
ガランガランッと音を立てて揺れる法陣が影に溶けて消える。
『何を見ている。去(い)ね』
宿儺の気迫にガクガクと震えながらも、『去ね』の言葉に春太は「失礼しまーす」と頭を下げつつ走った。
スーツの術師のときと同様、また生き延びることができた。自分は運がいい。
呪詛師――重面 春太の術式は、“奇跡を貯める”こと。
デジタル時計が秒も含めてゾロ目になっているなど、日常の小さな奇跡を己の記憶から抹消して貯(たくわ)えることができる。
蓄えられた奇跡は術師の命に関わる局面で放出され、致命傷や即死級のダメージを耐えること可能。
しかし、奇跡の多寡(たか)は目元の紋様で識別できるものの、術師本人はそれがいつ・どこで貯まったのかは分からず、奇跡がどれだけ貯まっていて、残りがどれだけあるのかを把握することができない。
だから――……。
「今日も生き延びた――ッ!」
ズルッと春太の輪郭が前後にズレ、その痩身が宿儺の【捌】によって縦に卸される。
――貯えた奇跡が七海との戦闘で使い果たされていたことを、春太は知らなかった――……。
* * *