第53章 恐怖を讃えるコラール【渋谷事変】
――23:00
道玄坂 SHIBUYA109近辺 路地
何の前触れもなく自死した男に、伏黒は混乱していた。
驚いて言葉も出ない。
自分たちを殺すのなんて、男にとっては簡単なはず。心境の変化にしても唐突 過ぎるだろ。
伏黒は壊れ物を扱うように丁寧に詞織を寝かせ、頭から血を流して倒れる男に近づき、膝を折った。
「顔が変わってる……⁉」
突然 現れて突然 死んで――結局 コイツは何だったんだ?
――「……オマエ、甚爾(とうじ)か!」
――「……禪院じゃねぇのか――よかったな」
その言葉が何を意味するのか。それが分かりそうになるも、脇腹の痛みに思考が霧散する。
「詞織……」
ふらつきながら詞織の元へ戻り、血の気の引いた蒼白い頬に触れた。そして、痛みに震える腕で彼女の小さな身体を両手に抱き、一歩一歩 踏みしめるようにして家入の元へ向かう。
――今 考えるのはよそう。
真希たちのことも気になるが、先に詞織を治療してもらって……。
そのとき、何かの気配を感じ、伏黒は詞織を庇った。ズバッと鋭く斬りつけられたと気づいたときには、気絶した詞織を巻き込むように地面に倒れ込む。
「これこれ、こういうのよ! こういうのが向いてんのよ‼」
微かに振り返ると、髪を片側に結んだ男が、血だらけでボロボロの顔を愉悦に歪ませて奇妙な刀を掲げていた。
さらに斬りつけてくる男から、せめて詞織を守ろうと抱きしめる。