第53章 恐怖を讃えるコラール【渋谷事変】
「詞織……ッ!」
自分を庇った少女へ呼びかけていた黒髪の少年が、射殺しそうなほど鋭い視線でこちらを睨みつけてくる。
それを見て、甚爾はすぐに分かった。あの少女が少年にとって、唯一無二なのだということを。
どこか自分と似た面差し、【十種影法術】――この二つに、甚爾は何となく察する。
「――オマエ、名前は?」
「……何でそんなことを聞く?」
少女を抱きしめる腕に力を込め、少年は噛みつくように突き放してきた。
「いいから答えろ。オマエの名前は?」
少年が眉を寄せてしばらく考えると、怪訝な表情で口を開く。
「……伏黒……」
――“伏黒”、ね。
推測が確信へと変わった瞬間だった。
「……禪院じゃねぇのか」
――「……ニ〜三年もしたら、俺のガキが禪院家に売られる。好きにしろ」
禪院家に売るはずだった息子が、そこへは行かず、『伏黒』の姓を名乗っている。
あの日の気まぐれな意趣返しが、禪院家に売られるという息子の未来を変えた。
胸くそ悪い、腐った連中の中に放り込まれることなく。
命を懸けてでも守りたいと思える、唯一無二の女を愛して。
そうやって、自分よりはマトモな生活を送って、真っ当に生きてきたのだろう。
きっとそれは、あの家に行ったのでは手に入れられなかった人生だ。
甚爾は【游雲】の鋭い先端を自分のこめかみに当てた。
「――よかったな」
ガシュッと躊躇いなく頭を貫く。
――魂さえ上書きする天与の肉体。暴走した術式さえ、彼の前では――……。
突然の自死に瞠目する息子を見ながら、甚爾は二度目の死を受け入れた。
* * *