第53章 恐怖を讃えるコラール【渋谷事変】
影絵を作って式神を呼び出す【十種影法術】――禪院家相伝の術式。それを目の当たりにして、甚爾の脳裏に古い記憶が過ぎった。
禪院家を出奔してふらふらとあちこちの女の家に転がり込んで、適当に仕事で術師を殺して……そんなくだらない生活をしていたときに、偶然できた自分の子ども。
子を産んだ女が死に、一人で育てる気なんてさらさらなくて、甚爾は禪院家の当主である直毘人と連絡をとった。
子どもが――息子が呪霊を視認していることに気づいたからだ。
術式の有無、そして どんな術式か分かるのは五歳から六歳。それがはっきりしたら禪院家に売る。もちろん、金次第だが。
相伝なら八、それ以外でも七をもらうと少し高めに要求すると、直毘人は相伝なら十も出してくれると約束した。
――「恵をお願いね」
そう、女は言い残して逝った。
自分がロクでなしだということくらい分かっているだろうに。
酒にギャンブル、女、そして 殺し……さんざんやってきた自分が、まともに子育てなどできるわけがない。
だから、禪院家に売る。
呪力を持たない自分にはゴミ溜めのようなところだったが、術式さえあれば幾分かマシだろう。
少なくとも、食うのと寝る場所には困らないし、持っている術式が相伝だったなら優遇された生活が待っている。
――もう、どうでもいい。
胸にぽっかりと穴が開いたようだった。
あの女と出会って、一緒に暮らして、ガキができて――“猿”から“人間”になれたような気がしていた。
このまま裏社会から足を洗って、まともに働いて、女やガキと三人で暮らす――そんな未来も悪くないと思った瞬間もあった。
――「恵をお願いね」
最期の言葉が耳から離れない。
いいだろ、これで。自分にできる精一杯はやった。
子どもを大切そうに抱く女に苛立ちが募る。
――なんでこんな早く逝ってんだよ……。
記憶の中で手を伸ばす。唯一無二と愛した女が、手をするりと抜けて消えた……。
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