第53章 恐怖を讃えるコラール【渋谷事変】
「な……っ⁉」
「【夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ】!」
地上に月が出現し、【游雲】の切っ先を受け止める――も、その月は儚く砕け散った。
「うぁ……っ⁉」
「詞織!」
肩を貫かれた詞織を抱え、伏黒は後方へと逃れる。
コイツ、勘で突っ込んできやがった。
詞織を背に抱え、伏黒は彼女の呪具を手にひたすら道を走った。襲いくる男の猛攻は、【脱兎】を盾に防ぐ。だが、相手の方が速く、振り切ることができない。
呪力なしでこの超スピード。おそらく、コイツは真希の完成形だ。
伏黒は下ろした詞織を【鵺】に守らせ、男へ単身突っ込んだ。
「はっ! くッ!」
何度も打ち据えた拳を、男は全て片手で捌き、逆に頬を殴りつけてくる。
「ぐッ!」
飛び掛かった【脱兎】の耳を掴み、男は次々に襲いくる他の【脱兎】たちを殴りつけた。その隙に足払いをしかけたが、【游雲】を突き立てて防ぎ、連撃を浴びせるも腕を掴まれて身動きを防がれる。
「うっ! ぐっ、うぅ……っ! ぐぁッ‼」
ガンガンッと打ちつけられ、頭突きを食らった。そこへ、手が塞がっている間に追撃する【脱兎】の蹴りを、足を噛んで受け止め、そのままぶん投げる。
「チッ……」
レベルが違いすぎる。もう自分も詞織も領域を展開できるほど呪力は残っていない。それに、自分の領域はまだ相手を閉じ込められるほどよくできてもいなかった。
長引くほど不利。詞織も負傷してまともに戦えない。短期決戦、それしかない。