第1章 一夜目.5時限目の空
「あ、あなた達は、馬鹿なんですか!馬鹿なんですか!?置けば良いでしょう!その手に持っているそれを!ここに!
四葉さんも、そういう軽薄な行動をとらないで!」
「お、おぉ、いおりん、急にでっかい声出す…」
バンバンと自らの机を叩きながら、一織は叫んだ。その剣幕に、エリは言われるがままノートの山を一旦下ろす。
エリの唇に環の指先が触れそうになるシーンを思い返して、一織は一人苛ついた。エリの無防備で無警戒な行いに、溜息を吐きながら。
『あ、そうだ。私もお菓子持ってるよ。お返しに、環も食べる?』
「やった!食う」
エリが取り出したのは、きのこの形を模した、これまたチョコ菓子。環は嬉しそうにそれを摘むと、二つ三つと口へ運んだ。エリはそれを、微笑ましいと見つめている。やや間があってから、今度は一織の方へ向き直った。
『和泉くんも、良かったら』
「そう、ですね。いただきます」
「は?」
環の顔には、こう書いてある。どうして俺のチョコは食べられなくて、えりりんのチョコは食べられるのかと。それを察した一織は、何か言われる前に口を開く。
「私、きのこ派ですから」
「マジで?いや、ぜってぇタケノコのが美味いから!!」
『ふふ。私も、きのこ派』
「二人とは、もう仲良くやってく自信ねーわ」
一織は、口の中を甘ったるくして考える。
エリの笑顔を見ただけで、勝手に心臓が逸る理由を。そして、呼び方の違いで明確にされた、それぞれの心の距離を。
どうやらエリにとって、自分よりも環の方が近しい存在であるらしい。ただ、下の名前で呼ばれなかった。それだけのことが、どうしてこうも心に影を落とすのか。一織は明瞭な答えを持ち合わせてはいなかった。