第2章 二夜目.ファンには夢を、君には愛を
—6小節目—
欲しいものは嘘と言い訳
長く懐かしい思い出に浸っていた大和。冬らしい冷たい風が、彼を現実へと引き戻す。さむっ!と小さく独りごちてから、再び歩き出した。
海鮮が豊富なスーパーへと向かう道中、見覚えしかないオレンジ頭を見つけた。伊達眼鏡に毛糸の帽子で変装をしているものの、あれは三月に違いない。大和は、カフェの中でお茶をしている彼の元へと向かった。
店と外を隔てるガラスをコンコンとやれば、すぐこちらに気付くに違いない。きっと驚くだろうと、大和はにやにやしながら右手を持ち上げた。
しかし、ガラスに手の甲を打ち付けることはしなかった。死角になっていた、三月の正面席。そこに、大和のよく知る人物が座っているのに気付いたからだ。
後ろ姿といえど、見間違えるはずなどない。さっきまでずっと、その人物との思い出に浸っていたのだから。
大和は持ち上げた手を、静かに下ろした。そして、踵を返し元来た道を辿る。
べつに、浮気現場を発見したわけではない。だが、エリが嘘を吐いたことは間違いないのだ。いつからだろうか。疑り深い方である彼が、エリのことを妄信的に信じるようになったのは。彼女なら自分を裏切らない。彼女は絶対に自分を欺いたりしない。そう信じ込んでいた。
また、相手が三月であったのもショックを受けた要因の一つだろう。もしこれがナギであったなら、人の女勝手にナンパしてんじゃねえよ。なんて冗談を言いながら、二人の間に入っていけたに違いない。
混乱と怒りの中、大和が足を運んだのはエリのマンション。それに彼自身が気付いたのは、三階までの階段を全て上りきった後だった。
いつからだろうか。一つのものに執着しない方である彼が、エリに囚われてしまったのは。
「何事も、ほどほどが一番だって…分かってたはずじゃなかったのかよ」
部屋の玄関に背中を押し付けたまま、ズルズルと地べたに腰を下ろした。