第6章 六夜目.その御伽噺の続きを私達はまだ知らない
—10小節目—
北よりの使者
幼少の頃に恋い焦がれた相手が自分を迎えに来てくれ、なおかつそれが本物の王子様だった。世界中の女性が羨む展開に、これ以上を望むなどバチが当たってしまうというもの。
エリはそう思い込み、心の澱は見て見ぬ振りを決め込んでいた。
実際その作戦は功を奏して、疑問は何一つ晴らされなかった代わりに幸せな時間は続いていた。
今日もエリは愛しい人に会うべく、待ち合わせ場所にいる。
【当然のお声掛け、失礼いたします】
その丁寧過ぎる口調で紡がれた言葉はノースメイア語で、口にした男はナギではなかった。
【驚かせてしまい、申し訳ございません。貴女は、中崎エリ様でいらっしゃいますでしょうか】
どうやら男はエリが聞き取りやすいよう、あえてゆっくり丁寧に話しているようだ。
彼女は相手の顔や身なりを確かめながら、遠慮がちに頷いた。
見覚えはないのに、どうしてか嫌悪感がある。初対面の人間にこんな感情を抱くのは初めてだ。
エリは覚えていないがこの男、彼女と初対面ではない。昔、一度会っている。あの日あの夜あの教会で。
実は彼こそが、二人を引き裂いた張本人であった。強く腕を掴まれて愛しの人から引き剥がされた経験は思いの他、彼女に心に甚大な影響を与えていたらしい。
「ソルヴァルド!!」
閑静な場所に似つかわしくない、切迫した叫び声。エリと男は、二人同時に声の方へ振り向いた。そこに立っていたのは、ナギであった。
待ち人が現れたわけだが、エリはその場から一歩たりとも動けない。ナギが顔を真っ青にして、狼狽していたから。初めて見る彼を前に、どうするのが正解か分からなかったからだ。
そうして戸惑っている間にも、ナギは素早く動いた。ソルヴァルドの腕を掴み、エリから少し距離をとったところで話を始める。