第5章 五夜目.雨
—5小節目—
姫
壮五は、洗練された立ち振る舞いやその身なりから、エリが特別な令嬢であることにすぐ気が付いた。
どんよりとした天気なんて関係ないとばかりに、纏う白シャツは皺ひとつなく輝いていて。薄い桃色のスカートは、先日全て散ってしまった桜の花弁を思わせた。そして小さな鼈甲の髪飾りが、綺麗に内へ巻かれた黒髪によく映えている。
髪と服に借りたハンカチを当てながら、父親と共に出た式典やパーティで彼女を見かけたことはなかったか思い起こしてみる。だが結局、彼女と既に出会っていたなどという都合の良い事実には至らなかった。
『大変!』
隣から聞こえた小さな悲鳴に、壮五は弾かれるように顔を上げた。そして彼女に、どうかしたんですかと問い掛ける。
『突然大きな声を出してごめんなさい。実は、いつの間にかもう戻らないといけない時間になってしまっていたんです。あぁ、早く帰らないと…!』
「ふふ。その慌てぶり、まるで魔法が解けてしまう寸前のお姫様みたいですね」
なんとも無しに口にした言葉だったが、これにエリは目をまん丸にする。そして小さく息を噴き出した。
「もしかして、僕は変なことを言ってしまいましたか?」
『あっ、いえ!ふふっ、ただ、あまりそういうことを仰るタイプには見えなかったので』
エリの柔らかい笑顔を見ていると、不思議なことに心がふわっと軽くなるようだった。いつまでも眺めていたかったが、ついに彼女は慌てた様子で目の前から走り去ってしまう。
壮五は、エリが座っていたベンチや消えてしまった方向を注視した。当たり前だが、そこにガラスと靴などは残されていない。