第4章 四夜目.恋のかけら
—13小節目—
不意打ちストレート
その日、エリが環の顔を直視出来なかったのは言うまでもない。が、顔を直視せずには仕事にならないのがヘアメイクである。私情を挟みクオリティを落とすなどプロの沽券に関わる。というか、エリの辞書に出来栄えを落とすなどという文字はない。
『今日のオーダーは、大人っぽく!だったよね。基本的にはお任せで良いって言われてるけど、どうしようか?髪の毛アップにしてみようか』
「なぁ、えりりん。俺さ」
『うん、何か希望ある?』
昨日のことで、壮五には秘めた想いがバレてしまっただろう。しかし、環本人にそれが知られたわけではない。だから大丈夫だ。このままいつも通り接して、何事もなかったようにしていれば。
これまで通り、適切な距離を保ったままでいられる。
「えりりんのことが好きです」
手にしていたヘアーコームが地面に落ちる。やけに大きな音が、二人きりのメイク室に響いた。
どう答えるのが正解か分からないまま、エリは即座に膝を折った。
『あ、あはは。ありがとう。私も、タマちゃんのこと…好きだから嬉しいよ』
「ごめんな。俺の方は多分、そういう好きじゃない」
コームに伸ばした指が、ぴくりと反応する。
『え……と』
(なんで?どうして?今までこんなに強引に距離詰めてくることはなかったのに!困った、頭が回らない。でも周りに誰もいなくて良かった。って。こんなこと考えられるってことは、実は私意外と落ち着けてる?うん、大丈夫大丈)
「えりりん?」
『っひゃい!!』
「いきなり言っちゃって、ごめん。平気?」
環は、膝を折ったままの状態のエリを心配顔で覗き込む。
大丈夫。平気。早くそう言って、彼を安心させてあげないと。その為には、早くこの赤く火照った顔を通常に戻さなくては。