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十六夜の月【アイナナ短編集】

第4章 四夜目.恋のかけら




「……」
(へぇ…)


鋭い千は、その些細な違和感から全てを悟る。そしてそれは、彼の中の意地悪心をウズウズとくすぐったのであった。


「今日はラッキーだったな。エリちゃんにセットアップしてもらえるなんて」

『千さんにそこまで腕を信頼してもらえて光栄です』


ふ、と。千の唇が妖艶に弧を描く。そして鏡越しに、流し目をエリに向けた。


「確かに腕も信頼してる。でも、嬉しい理由が他にもあるんだって言ったら…どうする?」


環の頭が、ぴくんと反応する。


『千さん、前向いててください』

「つれないな。まぁそういうところも素敵だよね」


環は聞こえてくる会話に、いよいよ貧乏ゆすりまで始めてしまった。

エリも周りの人間も、千の言動の意図を正しく理解していた。そう、彼はただ環を揶揄っているだけなのだ。しかし揶揄われている本人だからこそ、その真意には疎くなるものかもしれない。


「それにしても、本当に良い腕だな…。いっそ僕の専属になっちゃわない?」

『誰かの専属には当分なりませんよ。私、お金いるんで。だからもうしばらくはフリーのままです』

「それは残念だ」


ギリっと奥歯を噛み締めた環の元に、ようやく手の空いたスタッフが駆け寄った。そのスタッフはチーフリーダーを務めており、エリの現上司でもある。


「待たせちゃってゴメンねぇタマタマ!今からアタシが仕上げちゃうから!」


彼…いや彼女は、ゴリゴリのオネェであった。名をサクラという。ちなみに、彼の本名を知る者はいない。


「いや、いいよ…。えりりんのこと待ってる」

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