第4章 四夜目.恋のかけら
—5小節目—
ついね、つい
今日は比較的珍しい、環ソロでの仕事である。隣に寂しさを感じないと言えば嘘になるが、それでも彼の機嫌は良かった。何故なら、今日もエリがセットアップ担当の日であったから。
メイク室に入る前、いつも想像する。
自分の髪にワックスを馴染ませるエリの指。肌をとんとん優しく叩く、エリの指を。
他ならない彼女の手で、輝いていく自分の姿を。
『いらっしゃいませ』
「うーす。いらっしゃいませって、なんかお店屋さんみたい」
『お店屋さんって!ふふ、環くんは本当に可愛いなぁ』
「む…。可愛いとか、言うなし」
環の為に椅子を引き、お上品に頭を下げるエリを見れば自ずと笑顔になってしまう。にこにこのまま、彼は用意されたそこに腰を下ろした。
「なんか、今日いつもより忙しい?」
『うん、少しだけね』
彼女は少しと答えたが、環にはそうは見えなかった。メイク室に入っているスタッフの数はいつもの五割り増し程度あったし、その表情も普段よりはピリ付いている気がした。
『ほら、今日は大きな生放送があるから。環くんは、収録だったよね』
「そう、バラエティ。バラエティは、割と好きなこと言っても平気らしいから好き」
『あはは!環くんらしいなあ』
まるでここの二人だけが、別の空間にいるよう。多忙にも関わらず演者に焦りなど微塵も見せないのは、エリのポリシーなのかもしれない。
こうして談笑しながらも、彼女の手は丁寧かつ手早く動かされていた。