第1章 始まり
それから私は家に帰った。
まだ誰も帰ってきて居ないと思っていたけど、無意識にドアノブに手をかけて回していた。
『ただいま』
靴を見てみると、帰ってきていたのはお母さんだった。
靴を脱いで中に入って、背負っていた通学鞄を下ろす。
「おかえり。ごめんね、帰ってきたばっかりなのに、お母さんまたすぐに仕事行かないと」
お母さんは化粧台の前に立って鏡を見ながらピアスをつけていた。
「昨日友ちゃんが猫を拾ったってね」
『うん……』
「昔みたいに、爪で引っ掻けなければいいけど」
『うん……』
適当に頷いていたら「ごめんね」とお母さんが謝ってきた。
「友ちゃんと2人きりなんてまだ気まずいわよね」
たしかに今も2人は気まずいけど、樹戸さんが最初に来た時より気まずさはなくなってきている。
『お母さんは、まだ樹戸さんと結婚しないの?』
結婚の話は全然しないから、少し気になっていた。
「うーん、そうね……」
それきり何も話さなくて「今日は遅くなるけど、帰ってこれるから」とはぐらかされた。
「そろそろ行かないと」
じゃあ、と言ってお母さんはドアに向かった。
『ばいばい』
私はドアを開けていなくなるお母さんに手を振って見送った。