第11章 父と娘の一日
「あぅ……」
寝所の方から、微かに結華の声が聞こえたような気がして、ハッと顔を上げる。
床いっぱいに散乱したものを踏まないように気を付けながら、慎重に歩いていき、そーっと寝所の襖を開けた。
「っ……」
予想外の光景に声も出なかった。
褥の上には、肘を枕に横になって眠る愛しい夫と、その傍らで、すやすやと可愛らしい寝息を立てている愛らしい娘の姿があった。
「信長様…結華ぁ…」
思わず力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
(っ…もぅ!人の気も知らないで、二人とも幸せそうな顔しちゃって……)
勝手なもので結華が無事で安心したら、何だか無性に腹立たしくなってくる。
(黙って勝手に結華を連れて行くなんてっ…信長様が目が覚められたら、きつく言っておかないとっ…)
自分の不注意を棚に上げて、とは思わないでもなかったが、書き置きぐらい残してくれてもよかったのにと、信長様に見当違いの不満を覚えてしまう。
それほどに衝撃的だったのだ。目が覚めて、結華がいないと分かった時、本当に心の臓が止まるかと思った。
それでも今は……父と娘の穏やかな眠りを邪魔しないでおこう。
娘を守るように寄り添って眠る信長の、穏やかな寝顔を見守りながら、朱里は自然と自分の頬が緩んでくるのを抑えられずにいた。