第9章 武将達の秘め事①
ある日の夕刻
ここ安土にある伊達家の御殿の一室では、武将達による恒例の、情報交換という名の飲み会が開かれていた。
「おう、追加のツマミだ、どんどん食えよ〜」
美味しそうな湯気の立つ大皿を両手に持った政宗が、明るい声で言いながら入ってくると、武将達の視線が皿の方へと集まる。
家康、秀吉、三成と、いつもは単独行動の多い光秀も、今や恒例となったこの会には毎回参加している。
ただ一人この場にいないのは、主君たる信長のみだった。
さながらこの会は、上司のおらぬ間に本音で語り合う会、といったところであった。
「飲んでるか、秀吉?……どーした?何か今日、暗くねぇか?」
「あぁ……」
いつも酒が入ると陽気になり、『御館様の素晴らしさ』とやらを延々と語り出し、管を巻く秀吉が、今宵は珍しく大人しい。
「珍しいですね、秀吉さんがそんなに落ち込んでるなんて……昼間、何かあったんですか?」
隣で、だし巻き卵に大量の唐辛子を振りかけて黄色を赤色に変えていた家康が、さほど興味もなさそうな口調で聞く。
「家康、お前っ…あぁ、俺の繊細な味付けが…」
「まぁ、いいじゃないか、腹に入れば皆同じだ。それより飲め」
「おい、光秀っ…俺の盃に訳の分からない酒を注ぐんじゃねぇ!」
「ちょっと三成っ…あんた箸からポロポロ溢れてるよ!……ちょっと、秀吉さん?三成の世話焼かないんですか?」
「あ、あぁ……」
いつもなら率先して三成の世話を焼く秀吉が、今日はどこか心ここに在らずな様子だった。
酒もあまり進んでいないようで、空になった盃を手の内で弄んでいる。
「ほんと、どうしたんですか?秀吉さんらしくないですよ。何か悩み事でもあるんですか?」
三成が溢したものを渋々ながら拭いてやりつつ、家康はさすがに訝しげに秀吉の様子を窺う。
「あぁ、すまん…それが、なぁ…いや、でもなぁ…」
家康の問いかけに躊躇いがちに口を開きかけた秀吉だが、思い直したかのように再び口を噤んでしまう。
「何だよ、悩みなら聞いてやるって。言っちまえよ」
「お、おう……」
バシバシと肩を叩きながら陽気に言う政宗と、周りの皆の無言の圧力に耐えかねて、秀吉は重い口を開くのだった。
「実はなぁ、今朝のことなんだが………」