第7章 生まれ日の意味
勢いよく降り始めた雨は、とおり雨のようで、しばらくするとからりと雨は上がった。
政秀は、信長を前に乗せ、ふわりと包み込むように胸に抱き、ゆったりと馬を走らせる。
政秀の温もりに包まれて、信長が馬上でウトウトし始めた頃、
「吉法師様っ…遅くなりましたが、お誕生日、おめでとうございまする」
「!?じいっ…お前、覚えてたのか?」
「忘れるはずがございません…貴方様のお生まれになった日は、私に生きる意味ができた日でございますから…」
「…………?」
不思議そうな顔をする信長に、ニッコリと柔らかな微笑みを返した政秀は、それ以上は何も言わなかった。
貴方がこの世に生まれた日
小さな貴方を、初めてこの腕に抱いた日
その日、守るべきものができた私の世界は大きく変わった。
貴方が私の名を呼べば、私は必ず貴方を探し出す。
貴方に危険が及ばぬように、私が貴方の盾になる。
哀しみからも苦しみからも、私が必ず貴方をお守り致します。
吉法師様…貴方は私の生きる全てだ。
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「信長様……?眠ってしまわれましたか?」
淡く囁くような声と、額に温かいものが触れる感触に、遠のいていた意識がゆっくりと戻ってくる。
閉じていた目を開けると、鼻先が触れるぐらい近くに、愛おしい女の顔があった。
「っ…わぁ…」
「貴様……そこまで驚くなど…俺が眠っている隙に、一体何をしていた?」
「えっ、ええっ…何でもない、です」
慌てたように視線を泳がせる朱里の様子が可笑しくて、苛めてやりたくなる。
(何をしていたかなど、大方想像はつくが……こんなに可愛らしい反応をされると、困らせてみたくなるな)
「素直に白状せんと…今宵は朝まで仕置きだぞ?」
「っ…やっ…意地悪ですよ、信長様っ…」
「当たり前だ、これが俺だからな…ふふっ…」
ふわりと困ったように微笑む朱里の頭を引き寄せて、その唇を奪う。
心の底から愛おしいと思う者との、穏やかな時間。
己の生まれ日を共に過ごし、祝ってくれる者がいるということ。
幼き日に狂おしいほどに求めた、自分がこの世に生まれた意味。
朱里は、それを俺に与えてくれた。
誕生日の前の日の夜は、甘やかに過ぎていく。
来年も再来年も、そのまた先も…変わらぬことを願いながら……