第37章 貴方の傍で
「貴様は政事のことなど気にする必要はない。俺の傍で思うまま過ごせばよい」
揺れる心の内を見透かしたかのように、信長様は私を安心させるように言葉をかけてくれる。さりげなく頬に触れる大きな手は鍛えられた武将の手でありながら、触れ方は繊細でとても優しかった。
「んっ…信長さま…」
「何か気になるものはなかったか?欲しいものがあったなら遠慮なく言え」
頬をやんわりと撫でながら甘やかすように言われる。
「っ…欲しいものなんてそんな…んっ、私よりも信長様の方が…」
「ん?」
「っ、あっ…の、信長さまは欲しいものはないですか?もうすぐお誕生日…ですよね?」
「…………」
やわやわと頬を撫でていた手がピタリと止まり、信長様は戸惑ったような表情を浮かべる。
「私、安土に来てから信長様にいただいてばかりでお返しも十分にできていなくて…もうすぐお誕生日だと聞いたので何か欲しいものがあればと思って」
城内はもちろん、城下でも日に日に増していく祝賀の雰囲気に、私も何か信長様に祝いの品をと思っていたが、今日まで良い案が浮かばずにいたのだった。
(実はここ数日、城下に来るたびに色々お店を見て回ってたんだけど、これといったものが見つからなかったんだよね。贈り物選びって難しい。信長様はいつも私の好みにピタリと合ったものを贈ってくださるけど、信長様に気に入ってもらえるものを選ぶとなると難しくて…)
天下人である信長様には日々多くの献上品が届けられている。高価で珍しく私には到底手が届かない品々ばかりで、そういった物を日常的に目にしている信長様に気に入ってもらえるものを選ぶのは至難の業だった。
「そのように気を遣わずともよい。貴様への贈り物は俺が好きでしていることだ。返礼など不要だ」
「でも…」
「生まれ日を皆が祝ってくれるのはありがたいが、祝いの品など別になくても構わん」
「そんな…」
「特別な品などなくとも、朱里、貴様は俺と共にいるだけでよい」
慈愛に満ちた言葉と共に両手で頬を包まれると、額にちゅっと口付けが落とされる。
「っ、んっ…」
往来での突然の口付けに周りの目が気になり、慌てて身を捩るけれど、腰に回された逞しい腕に深く抱き締められる。
(やっ…こんなところで…)
「だ、だめです…離れて…っ、あっ…」