第37章 貴方の傍で
若葉の青々とした芽吹きが目にも眩しい新緑の候
昼下がり、私はいつものように執務中の信長様へお茶をお持ちするべく執務室を訪れていた。
「失礼致します、信長様」
部屋の前で声を掛けてから、そっと襖を開くとそこには三成くんがいた。
何やら報告中だったのか、信長様の文机の上には書面が広げられている。
「朱里様、ご苦労様です」
「三成くん、お疲れさま。信長様、お茶をお持ちしました」
「あぁ。今日の甘味は何だ?ん…甘い匂いがするな」
「ふふ…今日は枇杷の実の砂糖漬けです。枇杷は今の時期が旬の果物ですから甘くて美味しいですよ」
砂糖で煮詰めた枇杷の実は艶やかな橙色で、初夏らしく涼やかな玻璃の器に葉を添えて盛られている。
枇杷には薬としての効能があり、特に枇杷の葉には咳を鎮めたり、痰を除いたり、胃を丈夫にしたり、体の余分な水分を排泄したり、などなど様々な作用が認められている。水から煮出して薬草茶として飲むこともある万能の薬草なのであった。
「枇杷は今が旬なのか?知らなかったな」
「朱里様は色々なことを良くご存じですね。旬のものをその時期に食することは身体にとって良いこととされておりますから、何よりの甘味ですね」
「枇杷はそのまま食したことはあるが、砂糖漬けか…それはまた楽しみだな」
口元を僅かに緩ませながら、信長は枇杷の実に手を伸ばす。
信長は元々、食にこだわる方ではなかったが、朱里が日々の食事の支度を手伝ったり菓子作りをするようになってからは、朱里の作るものに興味を持ち、政務の合間のお茶の時間を心待ちにするようにもなっていた。
「ん…瑞々しくて美味いな。砂糖の甘さも丁度良い。これはいくらでも食えそうだ」
幸いにも口に合ったらしく、信長はあっという間に枇杷の実を完食していた。
「お口に合ったようで何よりです。あっ、でも枇杷は身体に良い果物ですけど、食べ過ぎると逆に良くないそうですよ?」
「そうなのか?それはつまらん。しかし、貴様は俺の知らぬことを良く知っているな」
「あら、褒めて下さるのですか?ありがとうございます」
些細なことだが、信長様に褒めてもらえたことが嬉しくて自然と顔が綻ぶ。