第36章 武将達の秘め事⑦
光秀の意味ありげな言葉に、皆が頭の中で閨で淫らに乱れる朱里の姿を思い浮かべたことは想像に難くない。
「いやいや、違う!朱里はそんな…」
「やれやれ、兄上は可愛い妹分の何を想像しているのやら」
「兄じゃねぇ!」
「これは失敬。母上の間違いだったか?」
「光秀っ、てめぇ!」
「ぎゃあぎゃあうるさいぞー、秀吉。あんまり騒ぐと信長様に聞こえちまうぞ」
「はぁ?城にいらっしゃる御館様に聞こえるわけないだろ。御館様は今宵はこちらには参加されないって聞いてる。今頃は天主にいらっしゃるはずだ。あっ、朱里も一緒か…?」
「ほぅ…貴様、今何を想像した?」
「へっ!?えっ、あっ、あぁ!?…お、御館様っ!?」
地獄の底から響くような重厚な声にぎくりと身を震わせて慌てて振り向いた秀吉の目に、不機嫌そうな主(あるじ)の表情が飛び込んでくる。その半端ない威圧感に秀吉は反射的に頭を下げていた。
程よく酒が回った頭がくらりとなるが、信長の纏う冷たい空気に腹の奥がさぁっと冷えていく心地がした。
「遅かったですね、信長様」
「お待ちしておりました」
「酒も料理もまだまだありますから、今日は朝までゆっくりしていって下さいよ」
「男ばかりのうえ、くくっ…暑苦しいのもおりますが」
予期せぬ信長の登場にも平然とした様子の面々に、秀吉の頭は更に混乱をきたす。
(そもそも今宵は御館様も参加される予定だったのか?いやいや、聞いてないぞ、俺は。よもや知らなかったのは俺だけなのか…?)
「お、お前ら…」
「おや、どうした?秀吉。敬愛する御館様がお越しになったのだ。喜ばしいだろう?色々と聞きたいこともあるんじゃないのか?」
「ほぅ…言ってみろ、秀吉。遠慮はいらん」
「い、いえ…その…」
(聞けるかっ、そんな…朱里とはもう…む、結ばれたのか、などと…)
「信長様、今宵は朱里様はご一緒ではないのですか?いつもお傍にいらっしゃいますのに」
「うわぁ!み、三成っ、それ以上言うな!」
天使の微笑みとともに屈託なく問い掛ける三成の口を塞がんばかりの勢いで秀吉が割って入る。
「っ、くくっ…」
平素は感情を表に出さない光秀だが、これには耐えられないとばかりに小さく笑いを溢す。