第36章 武将達の秘め事⑦
長らく争ってきた本願寺との和睦が成り、多くの大名が織田家の傘下に入る中、先頃信長は関東の雄、北条家と同盟を結ぶため自ら小田原を訪れた。
そこで偶然に出逢った北条家の姫を秀吉の反対を押し切って半ば強引に安土へと連れ帰っていたのだった。
女に執着しない信長には珍しく、余程気に入ったのか、その姫…朱里をたびたび天主に呼び出したり、逢瀬に連れ出したりしている。人目を憚ることもないため、城下でも噂になっていたのだ。
ー天下人に恋仲の姫ができた、と。
「御館様が朱里を気に入られているのは確かだが…いや、でも恋仲だとかそういうのはまだ…俺は聞いてないぞ!」
(聞かなくても見てたら分かるだろ…あの信長様の溺愛っぷり、あれは本物だ)
思わぬ話の展開に動揺を隠せない秀吉に三成以外の武将達は心の中で一斉に突っ込みを入れる。
特定の相手を持たず、一晩伽に呼んだ女は二度と近付けさせない徹底ぶりで情に溺れることなどあり得ないと思われていた信長が、朱里のことは傍近くに置いて憚らないのだ。
「どう見たって相当の気に入りだ。ありゃもう、とうにお手付きなんじゃねぇか?」
「なっ!?き、聞いてないぞ俺は!」
「そんなのわざわざ言わないでしょ」
聞いてない、を連呼する秀吉に家康は冷めた視線を送りながら溜め息を吐く。
「御館様が朱里ともうそんな…ま、まぁ、何かと気にかけておられるご様子ではあったが…い、いや、あの朱里が御館様とあんなこととかそんなこととか…?」
「動揺しすぎです、秀吉さん」
「やらしいな、秀吉。どんな想像してんだ?」
「くくっ…御館様と朱里、お前は一体どちらの心配をしているのだ?」
「うるさい!笑い事じゃないぞ。事は重大だ。お二人が真に恋仲になられたのかどうか確かめねばっ!」
「……面倒臭い」
「秀吉様、確かめるとはどのように…?あぁ、お二人にお聞きするのが手っ取り早いですね!」
良い考えを思いついたとばかりに、にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべながら言う三成に皆が一斉にぎくりと顔を引き攣らせた。
(信長様にそんなこと聞けるか!)
本音を言えば皆、聞きたくて堪らないのだが、さすがに信長に直接聞くわけにはいかない。