第30章 愛の証し
明け方、ほんのりと射す朝の光に深く落ちていた意識がゆっくりと浮上する。
「……目が覚めたか?」
重い目蓋を持ち上げて見上げると、柔らかく目尻を下げ、こちらを見つめる深紅の瞳と目が合った。
「ん…信長さま…?」
いつからそうしておられたのだろうか…信長様は肘を枕にして褥に身体を横たえながらこちらを見ておられた。
「っ…あっ…んっ…もう朝…?信長さま、いつから起きて…?」
寝起きの顔を見つめられているのが恥ずかしくて、しどろもどろになりながら視線を背けるが、口元に余裕の笑みを浮かべた信長様は徐ろに私の額にちゅっと軽い音を立てて口付けた。
「…っつ!?」
「おはよう、朱里」
「お、おはよう…ございます…」
(うぅ…信長様ったら…朝から心の臓に悪いよ。それにしても、もう朝なの?私、昨夜はいつ眠ってしまったのかしら…どうにも記憶が曖昧だわ)
身体に残る何とも言えない気怠さと、先ほど発した声が予想以上に掠れていたことに戸惑いを隠せない。
ここは天主の信長様の寝所で、昨夜は久しぶりに一緒の時を過ごして……
「…朱里」
「は、はい…っ、えっ…あっ、んんっ…」
ーちゅっ…
あっと思った時には唇が重ね合わされていて、薄く開いた口唇の間を割るようにして信長様の舌が入り込み、思いがけず水分が流し込まれた。
「んんっ…うっ、くっ…」
口移しで白湯を飲まされているのだと、頭が完全に理解せぬうちに口の端から溢れた水滴が頬を伝う。
唇を離した信長様は頬を伝い落ちた雫をなぞるように、舌を伸ばして舐め取った。
その艶めかしい仕草と口移しの余韻に、ひどく心が揺さぶられてしまう。
「きゅ、急に何をっ…」
「酷く声が掠れておるゆえ水を飲ませてやったまでだ。寝起きだからか?それとも…他に訳でもあったか?」
「そ、それ以上、い、言わないで下さい!」
昨夜の熱く甘美な記憶が呼び起こされ、焦った私は思わず信長様の胸を押してしまったのだが…夜着の袷が乱れていたために思いがけず信長様の素肌に触れてしまった。
「あっ……」
「ふっ…大胆だな、貴様。昨夜も珍しく積極的だったが…まだ足りぬ…か?」
「ち、違っ…」
獲物を捕らえるかのように私の手首を掴み、揶揄い混じりの笑みを浮かべて愉しげに口角を持ち上げる信長様に、昨夜の自分の有り様を思い出してしまい、かあっと顔に血が昇る。