第29章 第六天魔王に愛を捧ぐ
「魔王の右腕が随分と殊勝なことだな。まぁ、そこまで言うなら譲ってやらんこともないが」
「まことか!かたじけない」
「いや、まぁ待て待て。ただ譲ってやるというのも面白くないからな。俺と一勝負して勝ったら、この店の金平糖に加えて俺が今持っている分も合わせて譲ってやる」
「……勝負だと?」
信玄は不敵に言い放つと、懐からずしりと重そうな巾着袋を取り出して困惑した表情の秀吉の目の前に掲げてみせた。
「勝負なら俺が相手になる。お前は下がっていろ、信玄」
信玄を押し退けるようにして一歩前に出た謙信は、既に刀の柄に手を掛けていた。一瞬にして全身に殺気を漲らせる謙信に相対して、秀吉の緊張も否応なく高まり、さり気なく距離を取って身構えた。
緊迫する雰囲気の中、それでも信玄だけは余裕の表情を崩さないで愉しげに笑ってみせる。
「勝負といっても斬り合いは無しだ、謙信。ここは平和的に行こう、平和的にな」
「勝負に平和的などという緩い考えはない。斬り合いでなければ、どのようにして雌雄を決するというのだ?」
いかにも不満げに険しい表情で睨む謙信に対して、信玄は気にする風でもない。謙信が好戦的なのはいつものことであった。
「そうだなぁ、例えばこんなのはどうだ?」
楽しげに信玄が提案した勝負とは………
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「信玄様、上手くいって良かったですね」
「んー?何のことかな?佐助」
傍目には全く変わらない表情のまま話しかけてくる佐助に対して、信玄は悪戯っぽく小首を傾げてみせる。
「信玄様も人が悪いな。最初から秀吉さんに譲ってあげるつもりだったんですよね、あの金平糖」
「さぁ?どうだったかなー」
佐助が買い求めてきた饅頭を一つ口に入れ、信玄は顔を綻ばせる。
「ん、美味い。謙信、お前も一つどうだ?」
もぐもぐと口を動かしながら饅頭を差し出す信玄を見て、謙信は煩わしそうに眉を顰めると不貞腐れたようにプイっと顔を背けた。
「いらん。よくそんな甘いものをいくつも食えるものだな。あの金平糖とやらいう砂糖菓子もそうだ。あのような甘いものをあの信長が好んで食すとはいまだに信じられん」
信玄の口に次々と運ばれていく饅頭を睨みながら、謙信は忌々しげに吐き捨てる。