第28章 ちぇんじ〜俺が貴様で貴様が俺で
ひそひそと囁き合う武将達を秀吉が一喝するが、当の秀吉本人もまた、どうにも様子のおかしい信長のことが気になって仕方がなかった。
今も座り慣れているはずの上座に居心地悪そうに膝を揃えて座っているが、それも常の信長ならば男らしく豪快に胡座を掻いて座っているところなのだ。
軍議の場では鋭い視線で他を圧倒し、信長の一挙手一投足に周りも緊張を強いられるのが常なのだが、今日の信長は明らかにそわそわとして落ち着きがないように見受けられた。
(やはりどこか具合がお悪いのではないだろうか?だが、常の御館様ならば体調が悪くとも周りにそうと気付かせるような御方ではないのだが…)
身の内に怪我があろうが熱があろうが、側近にさえそれを微塵も感じさせないのが信長という男なのだ。強靭な精神力と忍耐力を持ち合わせている主君は家臣達の前では決して弱みを見せることはない。最も側近く仕える秀吉は常に主君の変化に敏感であらねばならないと神経を研ぎ澄ませて信長の傍にいるのでその微妙な変化にも気付くことができているが、他の者ではこうはいかないのだ。
「あの、御館様?失礼ながらやはりお加減がお悪いのではないですか?本日の報告はまた日を改めて…」
信長の体調を案じた秀吉は軍議の中断を申し出る。堺での商談の返事は日程的にも急を要するとはいえ、それ以外の今日予定していた報告はさして急ぎのものはなかった。本当に体調が悪いのなら、軍議より何より早く休んでいただく方が先決だと考えた主君第一主義の秀吉は早々にこの場を締めようと試みる。
「ま、待って、秀吉さん。大丈夫だから続けて…じゃないっ、つ、続けよ、秀吉…?」
「……へ?あ、あの…えっ?」
(今、何と言われた?秀吉さん…って聞こえたような…っ、幻聴か?)
それは聞き慣れた低く重厚感のある信長の声には違いなかったが、秀吉が一瞬聞き間違いかと思うほど、日頃の信長の口調とは明らかに違っていた。予想外のことに呆気に取られた秀吉は、無礼にも上座の信長の顔をまじまじと見つめてしまう。
「おい、家康。俺の聞き間違いか?今…」
「ええ、俺も今、自分の耳を疑ってますよ。信長様が秀吉さんを『さん』付けで呼ぶなんて…くっ…槍でも降るんじゃないですか?何の茶番なんですかね、これ?」
「くくっ…ついに下剋上か?秀吉」
「槍が降る…とは、一体どのような?」
