第25章 それを恋と呼ぶなら
「信長様…朱里です。入っても宜しいですか?」
天主の信長様のお部屋
豪華絢爛な装飾が施された襖の前で、その美しさに目を奪われながら室内へと声を掛けた。
「………入れ」
ほんの僅かの沈黙の後、入室を許可する重厚な声が帰ってきて、私は緊張から震える手を煌びやかな襖へとそっと伸ばす。
(あぁ、緊張する。ここへ来るの、やっぱりまだ慣れないな…と言っても、数えるぐらいしか来てないけど)
安土へ来て数日が経っていたが、城内はまだ居心地が悪く、同盟を結んだ家の娘と言えども、この城での私は余所者感が半端なく、居室として与えられた部屋を出て城内を歩くだけで周りの視線を感じて居た堪れなくなるのだった。
加えて、安土城城主である信長様の居室へ伺う時、私はこれ以上ないほどに緊張する。
『天下人 織田信長様』
小田原で偶然出逢い、半ば強引に私を安土へと連れてきた御方。
魔王と呼ばれ、敵対する者への冷酷な仕打ちの数々は関東の大名達の間でもまことしやかに噂されていた。
初めて言葉を交わした宴の席では、強引でありながらもどこか人を惹きつける不思議な魅力のある方だと思ったが、恐ろしさが勝って会話もほとんどできなかった。
天下人など雲の上の存在。
私は織田と北条の同盟の証…人質なのだろうか。
信長様は私をどうするつもりなのだろう。人質ならば手荒に扱われることはないだろうが……
自分の処遇の危うさを思うと、こうして信長様に天主へ呼び出されるたびに緊張してしまうのだった。
部屋へ入ると……信長様はいなかった。
(えっ!?どこ?入れ、って…声、聞こえたよね?)
予想外な光景に慌てた私は、キョロキョロと無遠慮に室内を見回した。
ここに来たのは初めてではないけれど、信長様の視線が気になっていつもは俯きがちだったので、室内をしっかり見たのはこれが初めてだった。
漆塗りや金箔が惜しげもなく使われた豪華な調度類
見たこともない異国の珍しい品々
ここは同じ日ノ本かと、信じられない思いがする。
関東の片田舎に生まれ、国を一歩も出たことがなかった私には、自分がいかに世間知らずなのかと思い知らされるようだった。