第1章 信長様の初めての子守り
とある日の朝
「信長様…あのっ、本当にいいんですか??やっぱり…止めておきましょうか……?」
昨日の夜から何度も繰り返している問いかけを、今この時になっても、またしてしまう。
「くどいぞ、朱里…貴様、何度同じことを言えば気が済むのだ。俺は、大丈夫だと言っているだろうが」
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに顔を顰める信長様に怯みながらも、
「で、でも…やっぱり結華を置いていくのは、ちょっと心配で…」
「くどいっ!乳母もおるし、俺も今日は急ぎの政務もないゆえ、一日、結華の相手をしてやれる。貴様は遠慮せず出かけてくればよいのだ」
「信長様…」
今日は久しぶりに朝から外出する予定になっていた。
信長様とまだ恋仲になったばかりの頃に、私は、家臣の娘達に薙刀の指南をしていたことがあったのだが、その時に特に親しくしてくれていた子がお嫁に行き、この度、赤子が産まれたと文をくれたのだった。
嫁ぎ先は安土からさほど離れていないところでもあり、産まれた赤子を見に来てくれないか、とのお誘いを受けて、どうしても会いたくなり、信長様にお願いして出かけられることになったのだ。
護衛をたくさん付けて、更には光秀さんの忍びの方にも警護してもらう、という大層な外出になってしまったけれど、久しぶりに友人に会える楽しみに心は浮き足立っていた。
出かけることが決まり、唯一悩んだのが結華を連れて行くかどうか、だった。
結華はこの年、2歳になったばかりだ。
赤子の時に比べるとしっかりしてきたし、一人歩きも上手になって、言葉も増えてきた。
ただ…この年齢特有なのか、最近、何でも嫌がるようになったのだ。
ご飯もイヤ
お昼寝の時間も、イヤイヤでなかなか寝ない
乳母の抱っこもイヤ
お城の中はイヤ、外に行きたい、などなど
挙げればキリがないほど、全てにおいてイヤイヤで、手を焼くことも多かった。
毎日がこんな状態なので、信長様が結華を見てやると言ってくれた時も嬉しかった反面、信長様が大変なんじゃないかと心配でもあったのだ。
そうかと言って、外出に連れて行くのはもっと心配で…
産まれたばかりの赤子のいるところへ連れて行って、癇癪を起こされても…と考えると、外出に二の足を踏んでしまうのだった。
迷う私に、信長様は「任せておけ」と力強く言い、さっさと出かける手配を済ませてしまった。