第19章 情炎〜戦国バレンタイン
「はい、どうぞ、三成くん。いつもありがとう!」
「……光秀さんも…いつもありがとうございます。これ、干菓子ですけど…食べてくれますか?」
広間では、朱里の前に大勢の家臣達が列を作り、順番に贈り物の菓子を受け取っていた。
朱里は一人一人に声をかけながら渡していく。
貰った者は嬉しそうに顔を綻ばせて口々に礼の言葉を述べながら出ていくのだが、広間はわいわいと賑やかな雰囲気に包まれていた。
ースパンッ!
その楽しげな雰囲気を一変させるかのように、荒々しい足音とともに乱暴に襖が開かれる。
その途端、広間の喧騒がぴたりと止んで、空気が一気に凍り付いたかのように冷たくなった。
今まさに朱里の手から菓子を受け取ろうとしていた家臣の男は、可哀想なぐらい身を固くして、手を出したまま引っ込めることもできずに震えている。
足音と醸し出す威圧感で、振り返らずとも足音の主が誰か、瞬時に察したようだった。
「朱里っ…」
「っ…あっ…信長、様…?」
その低く、圧のある声色に信長の怒りをひしひしと感じてしまい、朱里は戸惑いを隠せない。
(信長様がどうして…?お帰りはもっと遅くなるはずじゃ…というか、なんかすごく怒ってる??)
「貴様、出迎えもせず、何をやっている?」
「あっ…ごめんなさい。こんなに早くお帰りになるなんて思ってなくて…」
「ほぅ…俺の居らぬ間に菓子配りか?ふん、早く戻って悪かったな」
「そ、そんな…あの、今日は『ばれんたいん』という異国の祝い事の日なんです。大切な人に贈り物をする日で…それでこれを…」
信長の冷ややかな視線に怯みそうになるが、傍らから菓子の包みを一つ取って差し出す。
(信長様には夜にお渡しするつもりで、別に置いてあったんだけど、仕方がない、今はこれを…)
「要らん」
視線を合わせることなく、プイっと横を向かれてしまう。
「で、でも…」
「要らんと言っておるだろう。菓子など俺には不要だ。つまらんことをするな」
冷たく吐き捨てると、引き止める間もなく広間を出て行ってしまった。
信長が出ていった先を呆然と見ていた朱里に、広間に残っていた者達も何と声を掛けていいか分からず、気まずい空気がその場に広がってしまう。