第2章 百日(ももか)の祝い
結華が産まれて、早3ヶ月、相変わらず夜はなかなか寝つきが悪く、切れ切れの睡眠しか取れない毎日だったが、私も少しずつ赤子の世話にも慣れてきていた。
今宵も泣き出した結華に乳をやり、ゆらゆらと揺らしながら天主の部屋の中を歩き回り、腕の中でようやく寝ついた結華を布団に寝かせようとしたところだった。
(夜の寝つきが悪いのは、信長様に似たのかなぁ、なんて…ふふっ)
「……朱里、結華は寝たか?」
「あっ…信長様…ごめんなさい…起こしてしまいましたか?」
眠りの浅い信長様を起こさぬようにと、そっと褥を出たつもりだったのだけれど……。
信長様は腕を枕に横になりながら、眠る結華に気遣わしげな視線を送っている。
「……そのような気遣いは無用だ。俺に遠慮する必要などない」
「っ…でも…毎日ご政務でお疲れなのに……」
信長様に対して申し訳ない気持ちになりつつも、結華を無事に褥に寝かしつけることができて、ほっとひと息つく。
腕の中で眠ったと思って褥に寝かすと、途端に泣き出すこともしばしばで、全く気が抜けないのだった。
「ふっ…愛らしい寝顔だな。あまり母上を困らせてくれるなよ?」
眠る結華に囁くように語りかける信長様の顔は、戦場で鬼だ魔王だと恐れられているとは思えないような優しいお顔だ。
私だけが知っている信長様の優しいお顔
「朱里…こちらへ来い」
信長様は褥に横になったまま、私に手招きをする。
結華を挟んで親子3人で川の字になって寝ているところから、信長様の褥の方へとにじり寄ると、逞しい腕の中へとふわりと囚われる。
「んっ…信長様っ…」
鍛えられた胸元へと顔を埋めると、信長様の少し高めの体温を感じられてすごく安心する。
出産後は赤子の世話に追われて心身ともに疲れてしまい、深い交わりはここ数ヶ月全くなかった。
それでも信長様は文句ひとつ仰らず、私を暖かく包み込んでくれる。
しばらくそうして抱き締められたまま身を委ねていると、結華の夜泣きで神経質になっていた心が、徐々に解きほぐされていくような気がした。
「朱里、無理はするな…辛い時は辛いと言え。休みたい時は、休みたいと言え。俺も、千代も、乳母の千鶴もおる。一人で何でも抱えずともよい」
「っ…ありがとうございます、信長様…」