第13章 肝試し
連日続く夏の暑さに、そろそろ嫌気がさしてきたある日のこと
「うーっ、暑いっ…もぅ、溶けちゃう…」
縁側に出て、盥に張った水に足を浸しながら、額に浮く汗を拭う。
「何言ってんだ、夏は暑いのが当たり前だ。ほら、氷、削ってきてやったから食えよ」
片手にお盆を持って部屋に入ってきた政宗は、呆れたような声で言いながらも、目にも涼しげな、びいどろの器に入った削り氷を差し出してくれる。
「わぁ!削り氷!ありがとう、政宗」
黒蜜のたっぷりかかった氷は、陽の光を反射してキラキラ輝いている。
氷も黒蜜も非常に貴重なもので、信長様のような力のある大名でもなければ、容易く口にすることは叶わない代物だ。
「信長様が特別に氷室から取り寄せて下さったんだ。お前が暑さでへばってるから、ってな」
「信長様が…」
暑さが苦手で、小田原にいた頃から毎年この時期は暑気あたりで体調を崩してしまうことが多かった私は、ここ安土でも同様に連日の暑さに悩まされていた。
「んーっ、冷たくて美味しいっ!」
匙でひと掬いして口に運ぶと、口内が冷んやりと心地良く冷えて、上品な甘みが広がる。氷は口の中であっという間に溶けていき、私はもう夢中で次々と匙を口に運ぶ。
「おいおい…もうちょっとゆっくり食えよ…でないと…」
「うぅ…痛ぁ…」
キーンっと、こめかみに突き抜けるような痛みが走り、思わず頭を押さえる私を見た政宗は、面白そうに声を上げて笑う。
「ハハッ!言わんこっちゃない。お前、ホント面白いな」
「うっ…だって…氷なんて滅多に食べられないんだもん」
北条家は関東一の大国とはいえ織田家ほどの財力はなかったから、
削り氷など安土に来るまで食べたこともなかったのだ。
(自分でも贅沢してるとは思うけど…この暑さには耐えられない)
安土城で暮らし始めてから、初めて見るもの、食べるもの、毎日が新しい発見に満ち溢れている。
信長様は好奇心旺盛な御方で、新しいものや珍しいものに対する興味が尽きないらしく、私の小田原での話も至極愉しげに聞いて下さるのだ。
(まぁ、私にできる珍しい話といったら、海の話ぐらいなんだけどね……)