第15章 無限列車の後
杏寿郎が目覚めてから、一月ほど経った。
愛は火傷のせいで、もう刀を握ることはできなくなった。
杏寿郎もまた、内臓の損傷が激しく、目も半分失ってしまったので、今まで通りの呼吸を使うことはできないだろう。
それでも、二人は幸せだった。
『杏寿郎様。炎の呼吸を後世に継承できず、申し訳ありません』
幾度かこの話を繰り返した。
「…そのことは気にするな!生きていれば、できることはある!俺はこれからは後輩育成に力を注ぐつもりだ。誰かがこの意志を継いでくれるだろう」
杏寿郎もベッドから起き上がれるようになり、声の調子はすっかり元通りになった。
「愛、あのときの話をしていいか?」
『…あのとき、とは?』
「任務が終わったら話したいことがある、と言っただろう?」
今は病室に二人。
季節は巡り、窓からは春の匂いを纏った風が吹き込んできた。
『…そんなお話、していましたね』
愛は杏寿郎のそばに座りながら、ぽりぽりと頬を掻く。
『そういえば、杏寿郎様が意識を失う前も何かわたしに言いかけてやめましたよね?』
「うむ、どちらも伝えたかったことは同じだ。しかし、あのときに、言えば君を苦しめてしまうと思って言えなかった」
あの意識を失う直前、もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれないと思い、愛に任務が終わったら伝えると言ったことを伝えようとした。
しかし、できなかった。
自分勝手な思いを伝えて、死んだあと、その言葉によって、愛を不幸にしてしまうかもしれないと思い、伝えるのをやめた。
「今も伝えるのを正直迷っている。俺は以前の俺ではなくなった」
杏寿郎は左目を押さえる。
「だから、今から伝えることは俺の身勝手な判断だ。聞きたくなければ、耳を塞いでいてくれ」
『いいえ、聞きたいです』
愛は即答する。
『今回は、しっかりと聞かせてください』
愛は杏寿郎の目をしっかりと見据えた。